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 子どもの頃、遊びまわっているうちに付けた傷は、元気だった証拠の勲章である。大人になって、まだ残っている昔の傷を懐かしく思うことがある。

 右足のふくらはぎに、五百円玉ほどの火傷の痕が、今もある。小学校の一年か二年のときの火傷である。犯人は母が入れてくれた湯たんぽである。夜になると母は、滾らせた釜から漏斗で湯たんぽに湯を注ぎ、兄弟三人分の湯たんぽを用意してくれたものである。味噌を入れる甕のような不気味な色合いの陶製の湯たんぽは、コルクの栓で湯を入れた口を塞ぐものであった。毎日使っているうちに、コルクの栓も弛みがちになり、ときに湯が溢れそうになることがある。ある夜、この不安がわたしのふくらはぎを過ったのである。

 朝、起きてみると、右足のふくらはぎが針を刺したようにひりひりと痛む。低温火傷である。寝ている間に栓が弛んで、湯が漏れていたからである。母はあわてて薬を厚く塗り、包帯をぐるぐる巻いて、栓が弛んだのを悔やんだ。火傷はその後も化膿して、なかなか治らなかった。それ以来、わたしは湯たんぽが嫌いになった。そして、火傷の痕がまざまざと残り、大人になっても消えることはなかった。

 晩年、母が入院して視力がなくなり数年した頃、病室を訪ねると、突然、わたしの火傷のことを話しだしたことがある。母に見えるものはすべて過去の風景でしかなく、昔の話ばかりをするようになった。わたしの知らないことも多く、信じがたいこともあったが、湯たんぽの火傷のことは、わたしより鮮明に覚えていた。そのとき、あの湯たんぽを、母はどこかに仕舞い込んで封印しているのではないかと思った。もう母はこの世にいないが、わたしのふくらはぎに思い出の傷痕を残してくれた。

 

         秋声は何れの窓に多からむ    福永耕二

 
       
       

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