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以前勤めた会社の上司が引退して、北九州へ帰るというので、ごく内輪の送別会へ出た。会場は浅草の台湾料理の店だったが、すこし早めに雷門へ着いて、仲見世界隈を歩いてみた。いつも遠くから見ていたスカイツリーが目の前に迫り、巨大な鉄の鉛筆を見上げているようであった。
夕方から降り出した雨は傘をさすほどではなかったが、暮れかかったスカイツリーが黒々と聳えている。それを背景に、あちこちで写真を撮っている集団に出合った。中国人の観光旅行の一行のようで、大声で閉店間際の仲見世を闊歩していた。
スカイツリーの外観はほぼ出来上がっているようで、もはや忘れられようとしている東京タワーと合わせて、東京に二つの電波塔が立っていることになる。
先日、仕事関係の会合が田町であった。会合の後、外へ出るとすぐ近くに東京タワーの脚が見えた。スカイツリーが東京に突き刺さって伸びた鉄の棒のようだとすれば、東京タワーは東京に踏ん張っているガリバーように見えた。
昭和三十三年に完成した東京タワーは、昭和の東京に踏ん張って、日本を見下ろしてきた塔である。戦後の復興から高度成長期、オイルショックもバブル経済の崩壊も睥睨してきた塔である。
会合の後の懇親会へ、田町から慶應の方へ向かって歩いているとき、いきなり隣の人が、やっぱり東京タワーですよねえ、と話しかけてきた。東京タワーを近くで見ると力が湧いてきますね、などと曖昧に答えを返している自分が、何とも滑稽に思えた。やっぱり東京タワーですよねえ、と言った人の職場は浅草にあり、毎日スカイツリーを見ている年配の男であった。
秋天に東京タワーといふ背骨 大高 翔 |
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