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毎年、厳しい暑さに見舞われる八月八日頃、暦の上では立秋となりこの日から残暑がはじまる。照りつける強い日差しのなか、秋が来たといわれても実際に季節の移り変りを実感することはなかなか難しい。
掲出句の蟬も今日から秋だといっていきなり鳴き声の音調を下げたり、音の速度をゆるめたりするわけではない。夏の代名詞の蟬としてミーンミーン、ジージーと昨日と何ひとつ変らぬ鳴き声をさせているだけである。目に映るものがまだまだ夏の盛りという時期にあって、耳に入ってくる蟬の声に秋の気配を聴こうとしている作者がいる。そんな作者の思いも知らずただ鳴くばかりの蟬に、今日からおまえは秋の蟬だよ、秋の蟬として鳴いているんだよと親愛をこめて詠っているように思える。
一般に蟬は地中生活を六~八年した後、地上に一週間ほど滞在しその一生を終える。主に雄だけが雌を呼び寄せるために鳴き、様々な種類の蟬が地上に出て夏から秋を鳴き継いでゆく。夏の間から鳴きつづいている蟬の声も、秋の蝉だと思って聴くとどこか寂しい響きをもって聴こえてくる。「つれづれに鳴き」という措辞に物憂げな秋の気分が沁みている。
目には見えずとも秋は滞りなくやって来ている。四季を慈しみながら日々を過ごし、秋を迎えた作者の心の持ちようが清々しく伝わってくる。
「田」二〇〇九年十一月号より 徳永芽里 |
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