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一月の終わりに、新宿御苑で吟行があった。寒中のこととて、梅や早梅、寒桜などがちらほらと咲いているくらいで、園内は色彩に乏しい感じだった。擦れ違う人も多くはなく、ときおり遠くから烏の鳴き声が聞こえるなかを進んでいくと、やがて芝生が広々と広がるところに出た。芝もやはり枯芝ではあったのだが、さえぎるものもないなか一面に薄い日が当たっていて、思いがけなく明るかったことが印象に残っている。
特に人の手で囲いなどを作って保護してあるような芝生は、私は見かけなかったが、掲句を読んで、ただ日差しを浴びているだけでも養生になるのかもしれないと思った。芝はやがてやわらかな春の日のなかで芽吹き、夏の強い日差しのなかで鮮やかな青芝となるために、冬の日から力を得て蓄えるのだろう。。そのためにはやはり冬の淡い、やさしい日差しが適しているように思われる。
掲句からは、こうした自然の営みに対する温かいまなざしが感じられる。言うまでもなく、それは「のせてあり」という表現によるものだろう。自らの力で芽吹き、伸びていこうとする芝を守り、あるいは力を与えるように冬日がのせてあるのだ。健やかな生長を願う心持ちも伝わってくる。
「田」二〇一一年五月号より 塩見明子記 |
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